「よい匂いのする一夜」「梅安料理ごよ「陶々亭」が9月、レストランと宿泊み」など作家・池波正太郎さんの食通、グルメのエッセイは、食べ曼陀羅の極きとあがめています。映画「必殺仕置人」のスクリーンにも匂いと味が漂たっていました。3年前に閉店した長崎市の中華料亭施設を兼ねたオーベルジュ「陶々亭」としてリニューアルオープンしたのを知りました。初めて来店したのは、読売新聞社販売局長の招待。販売部数一千万部を誇るだけに筆者も知らなかった名店を、その情報力のすごさに脱帽。長崎市の中心部に築100年を超えた古民家の風情、黒しっくい塗りの外壁や鉄製の防火扉の歴史ある建物に気圧されました。中華料亭として角煮やハトシなど卓袱料理を畳敷きの和室で舌鼓み。中華街の店では、チャンポン、ギョだよわみウザの相場と違い高級な食べ物に胃も面食らった、ことでしょう。会食の内容は忘れましたが、当時、読売の人気を集めていた「赤ちゃんコーナー」の狙い、つくり方など教えてもらった記憶があります。ごちそうの上、敵に塩まで送らせましたようで……。居室に貼っている家族のスナップ写真。外壁の小通りで家人、筆者、二男、脇通りを老女が歩いている風景。その瞬間をとらえた写真の真髄ずは、あるものの時と場所が分からなかったが、やっと陶々亭と判明。池波さんの本物の「食道楽」。これは天性のもので、料理は人と、言ってもいい。それに比べ筆者のそれは乏としい。対馬の小学生の頃、父の勤務先(裁判所)の人たちが居住する韓国の漁師さんのグループに招待を受け、筆者もそれに加わったのが食人生の原点。山積されたサザエ、アワビ、エビ、名も知らぬ貝介に食いつき、カブリつき満腹。これが海鮮の魅力につながり、今も変わりません。九州地方紙の記者たちと青森・八戸でホヤと出会い、他の誰も気味悪がって口にしないのを、その分(七、八人分)をペロリといただきました。美味しいこと。幼児体験が食い人生をつくりますか。高校時代、長崎市賑橋電車路線にあったラーメン屋(現在、ガソリンスタンド)。中国か韓国の老夫婦がやっていましたが、スープが少々冷ひえ、生くさい感じに「?……!」。ゾクッとするうまさ。タイで初めて口にしたパクチーに尻込みしたが、口に入れた瞬間、懐かしいラーメンのスープの味と重なりました。ここまで書いて気づきました。池波さんの書生を長い間つとめた佐藤隆介さんでしたか、亡師が愛したゆかりの店や宿を再訪し、あの味の今を亡師へ報告。 「池波正太郎の食まんだら」としてまとめ、文庫本に。これにあやかり題名も「(ニコの)食べ曼陀羅」。食たべ曼ま陀だ羅ら ん ぼ い 2著・三軒茶屋ニコみどりの風
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