みどりの風著・三軒茶屋ニコ 九月号で原爆問題は四季を通じてマスコミだけでなく、一般の人も語り継ぐ大切さを強調しました。 平常の活動がその根幹にあるべきだ、と思うからです。 これには余談というより、とても反省させられることがありました。 8・9の夏になると原爆特集が新聞・テレビで花盛り。 新人記者がある原爆反対運動で被爆者の大物リーダーにおそる、おそる取材にうかがったところ、 そのリーダーは記者に開口いちばん、「そうそう金魚売りの季節がきたか……」 記者は(意味がわからず)「金魚屋じゃない」と反論したかったが、今後の取材もあり黙って引き下がった、そうです。 その話を聞き〝金魚売り〟が筆者も記憶に残り、夏になるとおもわず「また金魚売り屋さんか」とひとりごちていました。 そのリーダーも亡なくなり、夏だけの限定品でなく四季を通じての必要性を実感していました。 九月初め、東京在住のドキュメンタリー写真家、大石芳野さんが長崎新聞創刊130年記念展「長崎の痕(きずあと)――それでもほほえみを湛たたえて生きる」が開幕したので足を運びました。 大石さんは1943年東京生まれ。国内外で約40年にわたり、戦争の傷きずあとに苦しみながら生きる人々の姿を撮影。 長崎では97年から取材を続け、被爆者ら約130人のポートレートを中心にモノクローム221点を収載した写真集「長崎の痕」(藤原書店)を今春に出版。 写真展は、このうち大石さんが選んだ70点をパネル展示した心に残る作品集です。 これまで原爆写真と言えば、原爆の悲惨、苦悩が表面に出て胸に詰まることもたびたび。 写真展には血のついた学生服、被爆体験の苦しみ同様のものもありますが、被爆者の「孫との談笑が癒いやし」「人懐なつこさを漂わせた目」など人間の愛、優しさなども見られ、グイグイ画面に引き込まれ、鮮烈な作品との出会い、に被爆者の深い思い、そのメッセージを実感しました。 また「雨に煙ける稲佐山」など風景写真も新鮮で詩情もありました。 改めて平和の尊さを考えさせられました。 8・9前の報道も大切ですが、四季を通じてのアピールが身近なものとして意味があります。 金魚売りは風情もあり夏場にむいていますが、「エーキンギョ、キンギョ、エーキンギョー」こんな掛け声も真冬に聞きたいものです。冬の金魚売り2
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